39.約束



下がりきらない熱のせいで
結局この週は学校に行けなかった。







土曜日。
ほぼ復活。
友達からのお見舞いメールの返信をカチカチ打って…。

「ふぅ」

いつも遊んでいるメンバーは
女子も男子もほとんどの人がメールくれた。

真咲先輩からも。
結花に聞いたんだろうな。
ゆっくり休め、っていう言葉にちょっとジーンときた。



でも、一番欲しい人からのメールは無い。

ま、今までもメールなんて無いんだけど
こういう時ぐらいくれてもいいのにって思う。
お母さんが「心配してた」って言ってたのに…
大人への社交辞令だったのかもしれない。







「はぁ…、友達と何日も喋ってない」



友達とワイワイ喋るのは大好き。
くだらない話でもそのやり取りが楽しい。

口が動かなくなってるんじゃ無いかと
鏡の前で「あー」とか「いー」とか「うー」とか
ムニムニ動かしてみた。



、新しい顔芸?」

「お母さん…顔芸って………全然違うから。何?ご飯?」

「ううん、お友達が来てくれたわよ」

「へ?だってもう6時過ぎてるよ」

「さ、どうぞどうぞ」

「お邪魔します…」



え?
えええええ?????



「じゃ、お母さん、ご飯の準備あるから下にいるねー」

「すみません、忙しい時間に…」

「いいのいいの、ゆっくりしてってね」

「お、お母さーん???」



トコトコ階段をおりていくお母さんの足音。

私の部屋の入口で突っ立っているのは………志波。

なんで?
どうして??
ええっ?



「入っていいか?」

「あ、ああああ、どぞどぞ」



若干パニックなんですけど……。
とりあえず、座ってもらって、
ってフローリングの床じゃダメじゃん。
クッションクッション。
カエルちゃんテーブルの前に置いてっと。



「どぞ。座って」

「サンキュ」



自分もその反対側にクッションを置いて座る。



「えーっと?」

「あ…これ、若王子先生からプリント」

「あ、あああ。それ、届けに来てくれたんだ………でもなんで志波が?」

「さあ………」

「さあって………あ、わかった!
 ちゃんに会いたくて立候補したんでしょ〜、あはあは」

「…」

「か、固まらないでよー、冗談です、すみませんっ!」



ううっ…失敗した、かも?
でもムッとはしてないっぽいからダイジョブ…?



「プリントありがとね。
 それから、月曜日、送ってくれてありがと。
 お母さんもお礼言ってた」

「ああ、気にするな。……もう元気そうだな」

「うん、熱も下がったし…、
 あ、だいたい治ったけど、うつっちゃうかもしれないよ?
 大丈夫かな…?」

「ん?……ああ、うつしていいぞ」

「はいっ?」

「うつすと早く治るって聞いたことある。……うつせ」



って、何近づいてきてるんですかあああ???



「ちょっ…え?ええ?!」

「ククッ…すげぇ顔、あせりすぎ」

「か、からかったなー!」

「さっきの冗談のお返し」



あせった。
ありえないけどあせった。
もー心臓に悪いよー。

それにしても、なんだか不思議。
自分の部屋なのに志波がいる。

こんな時間にわざわざ来てくれるなんて
それが若王子先生に頼まれた事だったとしても
嬉しくなってしまう。



「今日も部活だったの?」

「ああ」

「調子どう?」

「悪くない」

「そっか。楽しい?」

「……ああ。今日は若王子先生にフォーム直してもらった。
 ちょっとだけだったのによくなって、
 それでもまだトレーニングの余地があるって言われた」

「若王子先生が?」

「ああ。先生はすごいな。ちょっと見ただけで悪いところ分かっちまうみたいだった」

「まあ、確かに、そうかも。陸上部でもそんな感じ」

「そうか………あー……」

「ん?」

「………ずっと礼を言おうと思っていた」

「何の?」

「野球に戻れたこと」

「私、何もしてないよ、別に」

「すぐ言えなくて悪ぃ…」

「いいよ、そんな」

「他のヤツらに追いつくのに必死で。
 今はいくら練習しても足りないぐらいだ」

「うん」

「あと2週間で予選が始まる」

「ん」

「どこまで行けるかわからねぇが、集中してやってみようと思う」



ああ。そっか。



ちょっと納得。
今更見たあの夢。

野球部に戻ったら
志波も貴大みたく
野球に夢中になるんだろうなって思ってた。

ずっとやりたくてもやれなくて縛られてて、
それが我慢しなくてよくなって
好きなだけ出来るようになって
そうすると時間が足りなくて
いくらやってもやり足りなくて
………。

そうやって夢中になって
他の事は目に入らなくなって
もし
もしも
付き合っていたりしたら
きっとすごく寂しいんだろうな。

でも、志波と私は友達だから
「頑張ってね」って
二っコリ笑って言うことができる。
言うしかない。



「サンキュ、がんばる」



ほら、何も変わらない。
志波も嬉しそうに笑顔だ。
ダイジョウブ。
今までどおり。

貴大の時みたいに会えなくなるわけじゃない。
学校に行けばそこにいるはず。

はぁ…ネガティブだ、私。
志波はただ集中してがんばるって言っただけなのに
どうして貴大と重ねちゃうんだろ。
志波と貴大じゃ全然違うのに。
突き放されたみたいに考えちゃう。
トラウマにでもなってるのかな。

ダメだダメだ。
ちゃんと野球に打ち込む志波を応援してあげよう。







「遅くまで邪魔したな」

「うん、わざわざありがとうね」

「いや………あ………」

「ん?」

「何でも言う事きく……って言ってたやつ」

「あー覚えてたんだ。なに?購買で超熟カレーパン買ってくる、とか?」

「なんだそりゃ?そうじゃなくて、大会が終わったら………」

「?」

「………どこか行かないか?」

「え?誰と?」

と」

「誰が?」

「オレ」

「あと?」

「…だけ」



え?
え?
えっと二人で?



「…嫌なら、いい」

「ああああ、違う!違うの!!い、行きたい、デス」



ホッとした様子で笑顔の志波。
その笑顔で見られると、
すっごいドキドキするんですけど!
しかも家の中で距離近いし!



「どこか行きたいとこ、あるか?」

「えと、夏だし、海、とか?」

「海………」

「あああの、志波の行きたいとこでいいよ。
 私が言うこときくって約束だし」

「いい、海、行こう」





いつ行くかは大会が終わってから決める事になって
お母さんに丁寧に挨拶してから志波は帰っていった。



海。
二人で。

ふわわああああ。
どうしよう?
何がどうしようだか分からないけど
どうしよおおおお!

あ、水着買わないと。
そうだ。明日買い物行こう。
洋服も!

はううううう!
嬉しい。
顔のニヤニヤが止まらない。
また熱が出たんじゃないかってくらい顔が熱い。





落ち込んで
ビックリして
ネガティブになって
嬉しくなって
心がアッチコッチ行ったり来たり
落ちたり跳ねたり忙しかったよ…。






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