40.開幕



7月8日 日曜日。

試験期間中は雨が降ったり曇ったりしてイマイチだった天気も
今日はすっかり回復して朝から良い天気。

全国高校野球選手権大会地区大会の2日目。
市民球場で行われる第一試合。
はね学の出番だ。

ちょうど日曜日だったので
学校からも応援部や吹奏楽部はもちろん
先生も生徒も結構来ている。
まだ一回戦だし強豪校のように強制ではないから
スタンドを埋め尽くす、というわけではないけれど。





私は朝からドキドキしている。

昨日の夜もなかなか寝付けなかった。
それなのに今朝はいつもより早く目が覚めた。
でも、寝不足を感じない。
アドレナリンがいっぱい出てて
神経がとがってる感じ。
自分が出る試合じゃないのに。



志波はスタメンになれたのかな?
早く選手紹介始まらないかな?









「おーい!!」

「あ、真咲先輩、来たんですね!ここ空いてますよ、どうぞー」

「おー!サンキュー。おまえすっかり元気になったみたいだな?」

「おかげさまで絶好調!」

「おー、そっか。じゃあ期末の順位も相当良かったんだろうなぁ」

「う…それは………黙秘します」

「悪かったのか………」

「だだだだって仕方ないんです!1週間も学校休んで遅れちゃったし…」

「はは、まあ、2学期に挽回しろ」

「はーい」



ー」

「あ、はるひ!来たんだ!」

「向こうにハリーもクリスも来てるよ。
 あれー?お兄さん、どっかてで会ったこと……」

「んー?あー、もしかしてアナスタシアでバイトしてる子かあ?」

「そうやけど………あー!花屋の兄ちゃんや!」

「ピンポンでーす!真咲 元春です」

、真咲、さんと知り合いなん?」

「うん。真咲先輩ははね学の先輩なんだよ。でもって志波の幼なじみなんだって」

「へぇ、志波やんの。………で、とはどういう知り合いなん?
 あ、1月ごろ色々言ってた人……モゴモゴ」

余計な事言いそうなはるひの口を塞いで小声で釘をさしといた。

「はるひっ!その辺の話は今度詳しくするから、ね???」

「わかったわかったから、はなしーや」

「絶対だよ!」

「フーッ。ほんなら真咲先輩、失礼しまーす!」

はぁ…、やっぱりはるひにはそろそろ打ち明けよう、好きな人のこと。









「お、出てきた出てきた。
 おーい!勝己ー!頑張れよー!」

選手がベンチから出てきて準備を始めた。
真咲先輩がかけた声に気が付いて
志波がこっちを見たんだけど
なんて言っていいか分からなくって
声をかけられなくて
ただ目が合っただけだった。
あうぅ………。



選手紹介で「3番センター志波勝己君」って呼ばれた時は
真咲先輩と手を叩きあって喜んだ。
スタメン、しかも3番。
公式試合の実績は無かったのに
ちゃんと監督が認めてくれたんだね。

ベンチに入れなかった野球部の1年生と2年生の一部からは
少しザワッとした声が聞こえたけど
そんなの吹き飛ばすくらい頑張って欲しいと思う。









1回表。
1番がシングルヒット
2番が送りバントで
1アウトランナー2塁。



アナウンスで志波が呼ばれたとき
スタンドの野球部控え以外からも
ヒソヒソとした声が聞こえた。

「志波っていつ野球部に入ったんだ?」
「っていうかアイツって不良なんだろ。野球なんて出来るのか?」
「2年で3番なんておかしくないか?何か裏で手まわした、とか?」

違うのに。
本当の志波は違うのに。
でも周りがとやかく言ってもダメだって事は分かるから何も言わない。
きっと志波自身が自分でなんとかするはず。

それに応援部と吹奏楽部がそんなざわつきを
思いっきりかき消してくれた。



バッターボックスに入る前に
一瞬だけスタンドを振り返った志波。
私?を見たと思うのはうぬぼれかな。
確かにこっちの方だと思ったんだけど

「頑張れ………」

大きな声出せなくて
口だけ動かして応援する。
ああ、なんか、もう、心臓破れそう。



志波の打席1球目。
フルスイング。
打った瞬間
鳥肌が立った。
背筋が震えた。

プロスポーツを見ている時にしか
感じたことなかった、こういうの。
例えばオルカーズの4番が
追い詰められた場面で
満塁ホームランを打ったとき、とか。



「すごい………」



私のつぶやきはあっという間にスタンドの歓声に消えた。
狭い市民球場とは言え、
ライトスタンドの上段に突き刺さるようなホームラン。
さっきまでなんだかんだと出ていた中傷も
今の一振りですべて薙ぎ払ってしまった。



ビックリするほどの歓声と拍手。



「勝己ー!いいぞー!」



真咲先輩の声で我に帰って
私も、拍手、拍手、拍手。
それしかできない。
喉がつまって声が出ない。



ダイヤモンドを走る志波は下を向いてて
ただ一心に駆け抜けるだけだったけれど
ホームベースを踏んだ後、
気持ち良さそうに空を見上げた。



「勝己ー!よくやったー!!」



そんな真咲先輩の声が届いたのか分からないけれど
こっちをチラッと見て笑顔を向けた。
先輩に、だよね?
私の方見てるわけじゃないよね?
だけど先輩の隣に座ってる私に笑ってくれてるみたいで
私もとにかく笑顔で拍手を送った。









はね学はバッターもピッチャーも好調で
終わってみたら5回コールド勝ちという大勝。

志波は1回のツーランホームランの後、
3回にもソロホームランを打ってしまい、
それ以降は敬遠されてしまった。

野球に戻ったばかりで
公式戦もこれが最初で
それなのに、すごすぎる。



真咲先輩と手を取り合って喜んだ。



「やった!やったね!先輩!」

「おお、勝己のやつ、ホントに良かったなあ!」

「うん!ホントに!」



選手が応援席の下まで挨拶に来た。



「お、勝己ー!!!」



わ、私も声、かけなきゃ!



「志波ーーー!おめでとーーー!」



はわわー、笑ってくれた。
なんか、いつものニヤリとする顔じゃなくて
まるで………



「勝己のやつ、笑い方が子供みてぇだなあ、ははは」



そう、それ!
なんか野球大好き少年が勝って嬉しくって笑ってるって感じ。
そんなストレートな笑顔初めて見たかもしれない。



一礼してベンチに戻っていく野球部員の先には
マネージャーの結花の姿。
良い笑顔。
ホントに嬉しそう。
戻ってくる部員たちとハイタッチしてる。
志波とも。

一緒に勝利を喜び合えるあの場所に私は入れない。
マネージャーをやりたいわけじゃない。
人の世話をするなんてとてもムリ。

スタンドから勝利を喜ぶことはできても
あそことはすごく離れているような気がして
なんだか取り残された気分。

私も志波ともっと近くで勝利を喜び合いたいな………



あ!



そうか、これだ。この感じ。
志波が野球部に復帰してからずーっと感じてたこと。

疎外感?って言うの?
あそこには私が入る場所がないっていう、そういう感じ。
部活が違うし当たり前の事なんだけど。

他の誰でもなくて
志波の近くにいるのが私でありたいんだ、きっと。
彼女でも無いのに、なんて図々しい考え。
笑える………。





「「はぁ………」」





「真咲先輩?」「?」

「ははー、またハモッたな」

「ため息めずらしいよね。前は、確か………動物園?」

「そうだったかぁ?それより、どうした?」

「うん………」



真咲先輩に言ってみようか、志波のこと。
きっと相談にのってくれる。
自分自身がよく分からない気持ちでいても
きっと分かってくれようとしてくれるはず、先輩なら。

ん?
そういえば真咲先輩のため息の先って
もしかして同じ方向………?



「あ!そうか!」

「な、なんだあ?」

「先輩のため息、私と同じ?」

「え?!」

「結花………」

「なっ…、結花がどうかしたか?」

「声、裏返ってますよ。そっかーなるほど………」

「違うぞ!」

「なにが?なにも言ってませんよ、私」

「あー………」

「先輩!一緒に頑張りましょう!おー!」



真咲先輩の手をとって一緒に「おー!」ってやらせたけど
わけが分からないっていう顔の先輩。



「今日、これから作戦会議をしましょう。
 ってことでどっかでお茶しましょー!」

「あ、ああ?」









先輩の一つめのため息、動物園でのアレは
志波に対するコンプレックスなんだって。
子供の頃に買っていたハムスターが
志波の方にばかりなついちゃったとかで
何にもしないのに動物寄ってくる志波が羨ましかったとかなんとか。
それを思い出したらしい。

そして今日のため息は私と似た感じだったみたい。
高校生の結花と大学生の先輩の距離みたいのに
思わず出ちゃったらしい。

試験前から部活と試験勉強と夏大会のために
結花はずーっとバイトを休んでいて
全然会う機会が無くて
今日久し振りにその姿を見たら
あまりにも遠く感じた、と、そういう事らしい。



「でもなぁ、好きってのも違う気がするんだよなぁ………」

「先輩、何故そこでひくの?!前向きに前向きに!」

「うーん………」

「もう!年上なんだから先輩の方から誘わないと一生デートできないですよ!」

「う………」

「そうだ!また4人で出かけて、なんとか2人になれる状況を作りましょう!
 そんで、いい雰囲気になっちゃってください!」

「そう上手くいくか?」

「やってみなければ分かりません!」

「なーんか、やけに気合入ってんなぁ、は」

「そりゃ、お世話になってるお兄ちゃんのためですから!」



って言いながら自分のためでもあったりして。
だって、もし、もしも、真咲先輩が結花とくっついたりしたら
私の不安の種もちょっと減るっていうかなんていうか。
あああ、私ってずるい?ずるい?

でも真咲先輩の気持ちを応援してあげたいっていうのはホント。
ゴチャゴチャ言ってないで自覚すれば言いのに。

友達だから結花の気持ちも大事にしたいけど………。
結花、好きな人いるって言ってたよな、ボーリングの時。
相手は、誰なんだろう。
一番可能性としてあるのは、やっぱり、志波、かな。
最近じゃ一緒にいる時間が相当長いだろうし………
うーーー……………



「先輩!頑張らないとダメです!」

「わ、分かった。がんばる」

「よし!二重丸です!」

「それより、おまえはどうなんだ?オレとため息が同じって事は………」

「まあまあ、それはまた今度で、ね?」

「………勝己、か」

「あああああの、また、ね?」

、最初は嫌いだったのになぁ、勝己のこと」

「うう…それは、だから、誤解、ってかそんな前の話持ち出さなくても!」

「はははー!」

「あー!もう!笑わないでくださいー!」

「悪かった悪かった。で、ため息の理由がオレと同じ?」

「うん…、結花背が高いから志波と並ぶと似合うなぁ、とか、
 野球部で喜んでる中に入れなくて寂しいなぁ、とか、そんなんです」

「あー、なるほど。でも、おまえと勝己もお似合いだと思うけどなあ、オレは」

「そうですか?」

「おー、勝己はとはよく笑ってるしな」

「そうかなぁ?なんかバカにされてよく笑われてるのはあるけど」

「あ、オレも結花に笑われたの思い出した…。
 有沢に怒られてるとあいつクスクス笑うんだよなー………」

「「はぁ………」」



結局話してても二人でネガティブになっちゃって
とりあえず解散。
作戦は野球部の大会が終わったら実行するという事に決めて。



大会が終わったらあの約束もあるし、
私、がんばるぞ!






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