42.試合の後



準々決勝が終わった時、
私はどんな顔してたんだろう?



はね学生も選手たちも泣いているのに
私は志波だけを見ていた。
泣きもせず。

試合後の挨拶に来た選手。
その中の志波だけずっと見ていた。
志波も私を見てた?
多分。

涙も出さないで
ただ突っ立っている私を
ヘンなヤツって思ってたのかもしれない。



スタンドからは
「よくやった!」とか
「がんばった!」とか
そういう声がたくさんかかるけど
負けた直後にそういう言葉をもらっても
私だったら嬉しくない。

ううん、負けたときに嬉しい言葉なんてきっと無い。

気持ちだけで十分なのに。

私が負けた時にくれた真咲先輩や志波の気持ちと同じもの。
私は志波にどうやったら伝えることができる?



スタンドに立ってそんな事を考えていた。











球場では声をかけることもできず
まっすぐ家に帰って来たんだけど
志波のために何もできない自分がもどかしくて
ジッとしてられない。

「もう暗くて危ないわよー」っていう
お母さんの声を後にして家を飛び出す。

「だいじょーぶー!」
変な人がいたら走って逃げれば良い。



考えるのが限界に達するとただ走るだけの私。
いつもそう。



どうしたらいい?
どうしたら、あの時もらった元気を返してあげられる?



昼と夜の境目の空を眺めながらひたすら走る。



薄暗くなってきた森林公園。



あっちはまだ夕焼け。
こっちはもう夜。
ベンチに座って体を後ろにそらしながら
色が混ざり合っている空を見上げた。



携帯持ってきたけど………
メールも電話も違うよなぁ。
はぁ………



にゃーん



「ん?」



突然膝の上に白い猫が乗っかってきた。



「猫ちゃん、可愛いねぇ、どっから来たの?」



真っ白で鼻がピンクできれいな猫。
膝の上の重みと熱がなんとも不思議な感じ。
こんなの初めてだ。

背中をナデナデしたら
猫ちゃんも気持ちいいみたいで
目を閉じてジーッとしてた。



にゃん



だけど、何かに気が付いたように急に飛び降りてしまった猫ちゃん。



「もう行っちゃうの?」



トコトコと数メートル歩いてから振り向く。



にゃん



「ついてきて欲しいの?」



なんだか面白い猫だなぁ。
ふふふ、ついてってみよ!



チラチラとこちらを確認しながら
トコトコと歩いていく猫ちゃんは
本当に私を案内してくれるみたい。

昼でも夜でもない明るさの中で白く光ってる。











にゃん



突然タタタッと走って行ってしまう猫ちゃんの先を見れば、



志波?



こんな時間に?
あ、バット持ってる。
素振りしてたんだ、ここで。



………?」

「こ、こんばんは?」



まだ薄明るいからこの挨拶はおかしい?って思って
ヘンな疑問系になっちゃったよ。
私のバカ………。

白猫ちゃんは志波の足元でスリスリと行ったり来たりしてる。



「この猫、のか?」

「ううん、さっき、そこで知り合った子」



そうか、と言って白猫ちゃんを片手で抱き上げる志波。
嬉しそうに志波の胸に擦り寄る猫ちゃん。

ん、ちょっとうらやましいかも。



にゃー



しげみの影から出てきた別の猫。
茶トラ?
白猫ちゃんはその子に呼ばれたみたいで
にゃんと返事をしてスルリと飛び降りて
二人でどっかへ行っちゃった。



「行っちゃった………」



沈黙。



あう………気まずい。
志波とまともに顔を合わすのは
もしかしなくても久し振り。

な、何か話を………
ああ、いつもどんな話してたっけ?

………今日の試合のこと何か言う?
でも、やっぱり、
「がんばったね」とか
「やるだけやったよね」とか
そういうのは違う気がするし
自分が負けたときは放っておいて欲しいと思うし………。

ムリだ………



「あの、邪魔しちゃってゴメン。帰るね」

「………送ってく」

「え、いいよ、一人で帰れるよ?」

「もう暗い」

「でも、迷惑だし………」

「迷惑じゃない。素振り、もう少しだから、待っててくれるか?」

「………うん」



送ってくれるというのは嬉しいんだけど
本当に迷惑じゃないかなぁ。
今日は試合で疲れてるだろうし。

それに、放っておいて欲しいとか思ってないかなぁ。
色々考えたい事もあるだろうし。

とりあえず近くのベンチに座って
志波の素振りが終わるのを待つことにしたけど………



ビュン

ビュン

ビュン



めいっぱいフルスイングの素振り。
志波はこうやって振っ切ろうとしてるんだろうな。
色々と。

自分があと一点でも多く取っていたら。
野球やめなければ。
一年以上自分は何してたんだ。
レギュラー外れたやつに顔向けできない。
とか、考えてるのかなぁ………。

負けちゃったんだなぁ………
悔しい。
自分の事みたいに悔しい。
自分が負けたときと同じ気持ちになってきちゃったよー………



「なんでが泣くんだ?」



気が付けば帰り支度済ました志波が目の前に立ってた。



「う………だって悔しい」

「………」

「ご、ごめん。悔しいのは志波なのに……う…」



ポフンと頭に手を乗せられて
そのまま横に座って
何にも言わない志波。

私のバカ!
早く泣き止まないと!
私が慰められてどうする!

でも………頭の上の手、気持ちいい。



「あ!」



思い立って急に立ち上がったから
志波がビックリして「なんだ?」って言ってる。
そうだよ。
手、気持ちいいじゃん。
いらない言葉よりずっと心が落ち着く。
志波が私と同じか分からないけど
何かしてあげたいから。



座っている志波にクルリと向き直って
自分の手を
志波の頭の上に
ポスンと乗せてみた。



「なっ?!」



ビックリしてるけど
どけようとしないから
いいよね。



ポフポフ
ナデナデ
ワシャワシャ



へぇ、これってしてる方も気持ちいいんだなぁ。
自分の涙も引っ込んだ。
少しでも志波が元気になるといいのに。
固まって動かないけど、志波には効果あるのかなぁ?











志波が私の手を握って頭から降ろすまで
どの位の時間か分からないけど
ずっとなでなでしてた。

その間、志波はずっと下向いてた。
いいのか悪いのか分からなかったけど
止められるまでずっとやめなかった。



降ろされた後、握られたままの手。
なんか、私の手、ジッと見てる?
そんなに見られるほどきれいな手じゃないからはずかしいんだけど?

う、なんか手からどんどん熱くなってきた………



「小さいな、オマエの手」

「し、志波の手はおっきいね!」



って何言ってんだ、私。



でもさ、志波の手は、
おっきくて
指が長くて
ゴツゴツしてて
マメができてて
熱くって
気持ち良くて
安心できる。

ホントだよ?



「帰るか」

「うん」



あ、手………



つないだままなんだけど………



ま、いっか。
何も言わないでおこう。
何か言ったら離されちゃうかもしれない。



志波も何も言わない。
私も言わない。



黙って歩く。



つないだ手が熱いよ。











家、もうついちゃった。
手、離したくない。



「今日、サンキュー」

「別に何もしてないよ」

「ゆっくり眠れそうだ」

「そう?なら、よかった」

「今度………電話、する………」

「え?あ、うん!………私も、していい?」

「ああ」



じゃあ、と言って志波は帰ってしまったけれど、
つないでた手がまだ熱くて
電話の約束も嬉しくて
顔が熱い。






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