52.修学旅行3日目
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(なーにやってんだろうなぁ、私………) ノロノロと鴨川沿いに歩きながら独り言。 今日も天気が良くて景色もきれいで 絶好の修学旅行日和。 自由行動日和。 修学旅行3日目は自由行動。 朝食を猛スピードで食べ、早めにホテルを出発した。 同じく早めに準備をしていたあかりと一緒。 「瑛くんに『他の子につかまる前に出発しよう』って言われて」とあかりは普通に話すけど、 みんなにばれないようにするのも大変なんだね。 ホテルの前を通るのとは違う系統のバス停で待ち合わせてると言うので そこまで一緒に行くことにした。 「おはよー、佐伯!」 「げっ、なんでがいるんだよ?」 「あかりが迷子になりそうだから送ってきたんだよ、感謝しなさい」 「う………たまに気が利くな。のくせに」 「たまにじゃない!いつもなの!」 「まあまあ、ちゃん、ありがとうね」 「どういたしまして。じゃあ、私はこれで」 「ちゃん、本当に一人で行くの?一緒に行こうよ?」 「ダメダメ。そんなことしたら佐伯に殺される。じゃ〜ね〜!」 で、私は今一人で歩いてる。 なんでって、ねぇ………ホント何やってるんだろね。 普段の私なら当って砕けろ!ぐらい勢いがあるのに どうしてダメダメなんだろうなぁ………。 昨晩の事を思い出す。 志波、明日の自由行動一緒に行かない?って言えばいいのかな? ドキドキするけど、とりあえず声をかけなきゃ。 ご飯の後を逃したらチャンス無い。 食事場所となっている大広間から出て行く志波を追いかけようとしたら 他のクラスの男子が数人、志波に話しかけるのが見えた。 野球部の人達。 立ち止まってなにやら楽しそうに話したりじゃれあったり。 志波もオトコノコって感じで クラスで喋ってる時とは全然違う雰囲気。 チームでやるスポーツだからああなるのか、 それともあれが志波の元々の顔なのか………。 普段見れない顔だからと、かなり凝視してしまっていたみたい。 急にこっち向いた志波と目があってしまった。 で、話を切り上げてこっちに来ちゃった。 うう、邪魔しちゃったかも………。 「、どうした?」 「あ、ごめんね。話してたのに」 「いや、いい。終わったとこだったから」 「ホント?………何話してたの?」 「ああ、明日一緒に甲子園行こうって誘われた」 「こうしえん?」 ………そっか。 野球部だったら行ってみたい場所だよね。 復帰してまだ3ヶ月。 なのに夏大会ではレギュラーになった志波。 今は誰も妬んだりしてないと思うけど………。 自分の代わりに補欠に落ちてしまったチームメイトに気を使ったり、 いきなり途中入部したことでチーム内の輪が乱れてないかと気にしたり、 そういうの、まだ考えたりするのかな? さっきの様子だと大丈夫なのかもしれないけど チームワークが大事な野球。 私の言いたいこと、言えなくなっちゃった。 「そう言えば津田もラグビー部で花園行くって言ってた。 野球部は甲子園、そっかなるほどね」 「大阪食い倒れも行くらしい」 「食べ過ぎでホントに倒れないようにね、あはは!」 「ああ………は?」 「私は………市内観光、かな?」 「誰と行くんだ?」 「えーっと、はるひ、とか………?」 「とか?」 「あと、あかり、とか………?」 「そうか………」 「うん………あー、うちのクラスお風呂の時間じゃない?」 「だな」 「じゃ、また」 「じゃ………」 自由行動、色々考えてたんだけど 『甲子園』なんて言われちゃったら誘えないや。 他の普通の観光とかなら誘えたかもしれないけど………。 それより、明日、どうしよう。 とっさに嘘ついたけど はるひは針谷と あかりは佐伯と って計画してるんだよね………。 行きたいなって思った場所はあるんだし、 一人で行ってみようか。 今更他の人誘うのも面倒だし。 で、なんだか落ち込んで ガールズトーク第二夜も早々に切り上げたのに なかなか寝付けなかった。 まずあそこに行って それからあそこであれを食べて それでこんな話をして って色々考えてたのを思い返して 全部おじゃんになったのが悲しくて 落ち込んで………をリピート。 そんなのが、昨晩の私。 で、朝は朝で 顔を合わせて何か話したら 余計に落ち込みそうだったから 早めに出発したんだ。 テクテクと鴨川を上流に向かって進んでいたら携帯が鳴った。 「はるひ?」 もう皆も出発したぐらいの時間なんだけどなんだろ? 『もしもし、です』 『、あんたいったいどこにおるんねん! 出かけようとしたら志波やんに聞かれたで! は一緒じゃないのか?って』 『あー、ばれちゃったか』 『ばれたかーやあらへん! 一人なんやろ? どこ?』 『今は鴨川の出雲路橋過ぎたとこ』 『出雲路橋、ってどこや?』 『んーとね、地図で見ると下鴨神社の左の方』 『そこら辺で待っときや』 『えー?!いいよ、針谷と一緒にどっか行くんでしょ?』 『いいから!どっか待てる場所ある?』 『うーん、でも…………』 『待ってるんやで!』 『わかったよ………じゃ、橋より少し上流の河原で待ってる』 なんだろなぁ、もう、迷惑かけたくないのに。 はるひだって針谷と一緒に行くの楽しみにしてたはずなのに。 ホント、私、ダメダメだ。 星占いとか見たらきっと『最悪な一日です』とか書いてあるんだろうな。 木陰を選んで土手に座って辺りを見回す。 (確かこの辺りがそうなんだけど………) と持ってきたガイドブックをパラパラと眺める。 でも、そりゃそうだ。 今は9月だもんね。 桜なんて咲いてるわけがない。 ガイドブックに載っていた桜並木。 季節を考えて無い私はバカだ。 なんか、さらに落ち込む………。 そのガイドブックには『志波む桜』って書いてあった。 師範(しはん)という意味らしいけど その名前が妙につぼに入って 見たくなっちゃったんだよね。 志波は、今頃、甲子園に向かう電車の中かな。 野球部、かぁ。 そこに入りたいというわけではないけれど 今日みたいな日の思い出を共有できるのが私じゃないって思うと ちょっと悲しい。 ペットボトルの水を飲みながら 花の咲いていない桜並木と わりと近くに見える大文字山を眺める。 「はぁ………」 知らない場所を一人でブラブラするの 結構好きなんだけど、 気持ちが落ちてるから どうしようもなく寂しくなってきた。 なんでこんなに感傷的なんだ。 こんな弱い自分は嫌なんだけどな。 でも……… あー、もうっ、視界がぼやける! 膝を抱えて頭を埋めてみたら 本格的に涙が止まらなくなっちゃったよ。 もーーーっ! しばらくこうしていれば きっと落ち着く。 涙だっていつかは止まる。 胸の苦しいつっかえが落ち着けば………。 川の流れる音、 風が葉っぱを揺らす音、 鳥の声、 土手を走る車やバイクの音、 遊歩道を人や自転車が通る音、 だんだん遠くなってきた………。 「ん………?」 あれ? 私………寝ちゃったのか。 瞼が重い。 ああ、きっと泣いたから腫れてるんだ。 でもなんか気持ちいい。 もうちょっと このまま 目瞑ってようかな………。 いや、 ちょっと待て。 私何に寄りかかってるの? 右側がやけに熱いんだけど? 人、だよね? この感じはどこかで………あ、クリスマス。 いやいや、だって、ここにいるはず無いし。 そうか、これは夢だ。 まだ寝てるんだよ、きっと。 でも、 感触が リアル。 まさかねぇ………。 そーっとうすーく目を開けてみると 隣にいる人の足が見える。 やっぱりこれはどう見てもうちの制服だ。 なんで?なんで?なんで? 「なんで?!」 「っ!………びっくりさせんな。やっと起きたか」 「あの、えっと」 「ハァ………探して走ったんだぞ?」 「なんで?」 「それよりあそこの水道で顔洗ってきたらどうだ?」 「え?」 「よだれの跡、ついてるぞ?」 「ええっ?!」 慌てて口許をゴシゴシこすってたら笑われた。 「ククッ………冗談」 「ええっ?!ひどいよ!」 「………こっちはホント」 って手を伸ばしてきて私の目尻を軽くこすった。 「涙の跡………なんで泣いてたんだ?」 そんな間近で そんな優しい顔で 顔触られたまま聞かれても 何も答えられないよ。 勝手に志波を誘った時のこと期待して ダメだったから勝手に落ち込んでた、 なんて言えるわけない。 でも、ここに志波が来てくれて すぐ横に座ってて 私に触れていて すごくドキドキしてて 胸がいっぱいで すごく嬉しくて………。 「っ………悪ぃ。思い出させたか?」 「ううん」 「じゃあ、なんで泣くんだ???」 私がまた泣くとは思ってなかったみたいで わけがわからないって顔してる。 私だってもうわけがわからない、って思ってたら 志波の胸のところに引き寄せられてしまった。 「泣き止むまでこうしてろ」 そんな優しいともっと泣いちゃうよ? なんか幸せだ。 いいのかな? ずっとこうしてたいな。 ずっと。 涙もおさまってきたけど こうしていたい。 でも……… でも……… 「暑い………」 「だな………」 「涙、シャツについちゃった」 「別に、いい」 「あと鼻水も」 「は?」 「冗談でーす」 「………」 「顔、洗ってくるね」 「はぁ、なんかスッキリした。ありがと」 「なら良かった」 「そういえば、志波、甲子園は?行かなくてよかったの?」 「ああ」 「どうして?」 「旅行気分で行くところじゃなかった。 ……少なくとも、オレにとっては」 「そっか……」 「甲子園へは、野球で行く。 それを、おまえに見ていて欲しい」 「え……?」 「……なんてな」 今さらっとすごいこと言われたような気がしたけど また冗談? 「それより、おまえは?……なんで嘘ついた?」 「嘘?」 「どこに西本と海野がいるんだ?」 「あ、それは、その………あれ?そういえばはるひは?」 「西本?………ああ、今頃針谷と観光だろ?」 「だって、電話があって、ここで待ってろって」 「ああ、あれか」 「あれって………ああ!ええ?!志波が来るってことだったの?」 「さあな」 なんか楽しそうにニコニコしちゃって そういうことだったんだ。 「そろそろ、移動するか?」 「どこへ?」 「どこか行きたいとこあるんじゃねぇのか?」 「うん、あるけど」 「じゃ、行くぞ」 一緒にまわってくれるってこと? ホントに? 「次はどこへ行くんだ?」 「あのね、みたらし団子」 「いきなり食いもんか………らしいな」 「らしい……って、失礼な!観光したい場所もあるよ、ちゃんと」 「全部食いもん屋か?」 「違うもん!!」 結局志波と一緒に自由行動を過ごすことができて すごく楽しかったんだけど なんで私のとこに来てくれたのか聞きそびれちゃった。 なんでだったのかなぁ? そうそう、はるひにもお礼言わないとな。 Next→ Prev← 目次へ戻る |