56.誕生日
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「おはよう!」 「………」 あれ? あれえ? 制服が冬服に替わり、 学年全体に残っていた修学旅行気分もほぼ落ち着いた、 そんな10月のある日。 昼間はまだ暑く感じる時もあるけど、 夕方には秋の匂いの風が吹き、 朝も大分涼しくなって ランニングするには気持ちいい爽やかな季節になっていた。 ………で、今は、その爽やかな朝。 その爽やかーな空気に合わせて 爽やかーに挨拶したのに なんで無反応? それにね、今日は私の誕生日。 なんかちょっと言ってもらえるかな、なんて期待して にこやかーに挨拶したんだけど………。 覚えてないんだろうな、きっと。 修学旅行では、 もしかして志波も私の事気にしてくれてる? って思ったのに、 でも、日が経つにつれて あれは気のせいだったのかも って少し諦めモード入ってきてた。 結局、何か言われたりしたわけじゃないし………。 なんで気のせいだって思うようになったかって言うと 旅行前と後で、あまり変化が無いから。 朝、こうやって森林公園のランニングで会って 挨拶したり話したり、ってのは前と同じ。 帰りも部活の終わる時間が大体一緒だから一緒に帰ったりしてる。 これも同じ。 ……まあ、一緒に帰るようになったのは9月からなんだけど。 うーん……あまり、じゃなくて、なんにも変わってないかもしれない。 「ねえねえ、志波?」 「………」 「志波?志波さーん?志波勝己さーん?こらっ、勝己!」 「ん?………ああ、おはよ。」 「走りながら寝てたら電信柱にぶつかるよ?」 「電信柱………?」 「いや、あの、マジメに考えないでね。 公園には電信柱なんて無いから。」 「そうか。」 「そうそう。」 「……」 「……」 みゅー、話がつながらない。 なんで? 変な志波。 怒ってるわけでも無いみたいだけど 笑いもしない。 「……」 「ん?」 「あー……いや、なんでもねぇ。」 「???」 なんだよー、もう! こんな感じでスッキリしないまま 今朝のランニングは終わったのでした。 「!ハピバ!ほい、プレゼント〜!!」 「わー!ありがとー!!」 中休み、はるひがうちのクラスまで来てくれた。 誕生日を覚えててくれて、 声をかけてくれるのって、 すごく嬉しい。 自分の事を知っててくれてる友達が ちゃんといるんだって実感できる。 「ほんで、どうなん?」 と、はるひが身を乗り出して小声で私に問いかけてくる。 でも主語が分からなくて 「何が?」 と聞き返してしまった。 だって、いきなり「どうなん?」って言われても、ねぇ? でも、はるひはキラッキラした目で 私の顔をニコニコと覗き込んでる。 「とぼけてもあかんで〜!」 肘でつついてくるけど ホントになんだか分からない。 クエスチョンマーク出したままキョトンとしてたら やっと何のことだか教えてくれた。 「あーん、もう!志波やんのことに決まってるやん! プレゼント、もう貰ったん?」 「へ?志波?」 「そうや!とぼけてないで、きっちり答えてえや!」 「貰ってないよ。」 「なんでやねん?」 「なんでって、言われても……。」 「修学旅行、一緒におってグググーっと近付いたんちゃうの? 帰りも一緒に帰ってるんやろ? あ、そーか! 帰りに渡すつもりちゃうん?」 「そうかな?……私の誕生日、覚えてないんじゃないかな?」 「はぁ?そんなわけないやろ?」 「だって………」 今朝だって何も言われなかったし、 今だって1時間目からずーっと机に突っ伏して寝てるし、 周りで「おめでと」とか「ハピバ」とか言ってても 寝てるから聞こえてないだろうし………。 誕生日の話なんてしたのは、もう一年ぐらい前、 はるひ達と一緒に遊園地に行ったときだけだもんね。 覚えてるわけが無い。 「いや、それは無いやろ?こんな覚えやすい日なのに。」 ってはるひは言うけど………。 まあ、確かに、「元祖・体育の日」って私っぽいけどさ。 友達の誕生日をきっちり覚えてて「おめでとー!」ってやるのは 圧倒的に女子の属性のような気がする。 男子はきっと特別な人の誕生日以外は覚えないんだろう。 志波は私の事「特別」だとは思ってなくて 普通の友達、とか、良くってもちょっと仲のいい友達、とか、 きっとそんな風に思ってるんだ。 う……なんか落ち込んできた。 「ちゃん、今日、お誕生日なん?」 「あ、クリス。……なんで困った顔なの?」 「あんな、ボク、お誕生日って知らなかったやんか。 そやから、なんもプレゼント用意してへんねん。」 「気持ちだけでも、すごく嬉しいよ。」 「そうなん?じゃあ、Happy Birthday!の言葉を贈ります。」 「うん、ありがとね!」 「うーん………」 「はるひ?」 「志波やん、絶対覚えてるはずやって。の誕生日。」 「ふふっ、分かった分かった。ほら、チャイムなったよ?」 はるひが力強く言ってくれるから 少しだけ元気出ちゃった。 ふっと志波を見てみたけど、やっぱり寝てる。 あまり期待せずに、帰る時まで待ってみようかな。 それで覚えてなかったら 自分から言っちゃおうか。 冗談っぽく「今日、私の誕生日だったんだよー」って。 放課後、部室へ移動中に「おーい!」と呼ぶ声が聞こえた。 あの車……それに、この声は……… 「真咲先輩!」 「ういーっす!元気だったか?なんか久しぶりだなー!」 「元気ですよー!今日は配達ですか?」 「そ!兄ちゃんは頑張ってまーす。 お、そーいやー、今日誕生日だったろ? おめでとさん!」 「わーありがとございます!」 「ちょーど良かった。ちょっと待ってろ………ほら、プレゼント。」 「え?いいんですか?」 「この手乗りどくろクマ、 この前UFOキャッチャーで大量にゲットしたんだよ! ……って、そんなのがプレゼントで悪いなー。」 「ううん!ありがとうございます!すごく嬉しい!」 「はははー、喜んでもらえてよかった! ………あ、おーい!勝己!!」 先輩が呼んだ方向を振り向いたら 志波がちょうど部室棟の方向へ歩いているとこだった。 一瞬こっちを見たから来るのかな?と思ったんだけど すぐにスッとそのまま歩いて行ってしまった。 「なんだー、アイツ。冷てぇなー。」 「あ、もう部活の時間なのかも。私も行かなきゃ。」 「そーか!頑張れよ!」 「はい!じゃ、ホントにありがとうございました!」 タタタッと走って先を歩いてる志波に追いついて 「志波!部室まで一緒にいこ?」 って声をかけた。 「ああ」って返事して一緒に歩いてるけど なんかピリピリしてて話し辛い。 朝はボーっとしてたし 昼間はずーっと寝てて で、今はなんか怒ってる? 「あのー、今日、なんかあった?」 「いや……。」 「でも、なんかいつもと違う。」 「別に………普通だ。」 「そう?」 「……それ。」 「あ、これ?真咲先輩がUFOキャッチャーで沢山とったからお裾分けだって。」 「へぇ……」 「ん?」 「いや、じゃ。」 「あ、じゃ、部活がんばろーね!」 うーん? やっぱりなんかおかしいよなぁ……。 野球部の部室へ入ってく志波の後ろ姿を見送りながら 色々原因を考えてみたけど 考えても分からなくて あきらめて自分も部室へ急いだ。 「せんぱぁい!」 「白鳥?」 部活が終わって帰宅する時、 いつも待っててくれるところに 志波がいなくて あれ?って思ってたら 白鳥が来た。 志波への手作りお菓子攻撃は 修学旅行の後も続いてる。 さすがに毎日じゃなくなったけど、 でもその根性はすごいと思う。 「今日、志波先輩早退しちゃったんですよぉ。 だから、お菓子、先輩にあげますね。」 「ありがと………って、早退?」 「はい。えっとぉ、監督に追い出されたって言うか……」 「追い出された……って、なんで?」 「なんかぁ、今日の志波先輩はミス連発でぇ、 『集中できないなら帰れー!』って怒られちゃって。」 部活でもおかしかったんだ、志波。 体調悪かったのかな? 熱でもあったのかな? 「真綾が保健室に連れてってあげようとしたら 『病気じゃない……今日は帰る』って言ってました。 触った時、熱も無さそうだったし、どうしたんでしょうねぇ?」 「さあ……。」 ホントになんだろ? 病気じゃないなら悩みでもあるのかな? メール、か、電話……してみようかな。 家に帰ってベッドの上で正座して 携帯電話とにらめっこ。 今日の志波は 話をしたそうな なのに出来ないような そんなんだったような気がする。 だからやっぱり悩み事があるのかもしれない。 でも、電話したとして、 私に相談なんてしてくれるかな? 目の前の携帯に手が出せずに ジトーッと眺めてたら ピンポーン と玄関のチャイムが鳴った。 「は〜い。」 荷物か何かだろうと思ったら 玄関の外にいたのは 郵便屋さんでも 宅配便でも 新聞勧誘でもなかった。 私、相当ビックリしたから、 ヘンな顔してたと思う。 「え?!志波?!あの?え?どしたの?」 「ああ……」 「と、とりあえず、入ってよ。」 「ああ……いや、玄関で。」 「そう? ……そういえば、白鳥に聞いたよ? 大丈夫なの?」 「悪かった、先に帰っちまって。」 「ダイジョブならいいんだけど……」 「あ……」 「……?」 「これ……」 「えっ?!これ、って………」 「誕生日、おめでとう。」 「覚えててくれたんだ……。」 覚えててくれた。 信じられないんだけど。 でも、目の前にいるのは確かに志波で プレゼントらしきものを私に差し出してる。 ホントに? 夢じゃない? 志波とプレゼントを 交互に見てポカーンとしちゃった。 「……いいから、早く受け取れ。」 「あ、うん。あの、ありがとう!うれしい!」 あは。 あはは。 顔が自然に笑っちゃうよ。 うれしい! うれしいよー!!! 「えへへ!大事にするね!」 「ああ………よかった。」 「え?」 何がよかったんだろ? あ、でも、志波、ホッとしたように笑ってる。 今日、笑った顔、やっと見れた。 変だったのが元に戻った? 「じゃあな」 って挨拶はいつもと同じ。 なんか知らないうちにいつもの雰囲気に戻ってた。 プレゼントは水玉模様のリストバンドだった。 トレーニングにも使えそうだし かわいいからスポーティーな服にも合いそう。 志波が、選んでくれた、んだよね? うふふふふ〜。 ああ、にやけちゃうのが止まらないよー! プレゼントも嬉しいけれど 誕生日を覚えててくれたんだってことが 一番嬉しい。 興味ないことだったら きっと覚えてない。 だとしたら 少しは私の事、 気にしてくれてるんだよね? 少しだけうぬぼれてもいいのかな??? リストバンドをはめると ふんわりとあったかくって なんとなく志波と手を繋いだ時みたいな そんな気分になれた。 Next→ Prev← 目次へ戻る |