61.大晦日




「シバやんのあの態度、なんやねん!めっちゃ腹立つ!」

「そうだよ。ひどいよ。……ちゃん、泣かないで」

「せっかくあたしが綺麗にしてやったのに……志波のヤツ、しめてやろうか」

「過激ねぇ……でも、確かに、ちょっと許せないわ」

「志波君が何故あのような行動をとったのか私にも全く理解できません!」



真っ先に駆け寄ってくれたはるひとあかり、
藤堂と水島の背後にはゆらりと黒い影、
千代美もなんだか熱くなってくれて。

気が付いたら私の周りには
友達が集まって
慰めてくれたり
志波の文句を言ったり
ワイワイと盛り上がってる状態だった。

私は、というと、
最初は地の底にいるような気分だったけど
輪の中心で声をかけてもらっていたら
だんだん力が戻ってきた、ような気がする。

みんながいるからまだがんばれる。

うん、ちょっと復活してきた、かも。

で、「シバやんとなんかあったん?」って聞かれたから
一つずつ遡りながら話した。

さっき話しかけた時のこと、
昨日のショッピングモールのこと、
あとは、ええっと……。



「ああ……それ、私も怒っちゃうかもしれないなぁ……」

「え?」



昨日より前のことを思い出していたら、
結花がなるほどねーみたいな感じで言った。
その言葉に私は「え?」って固まった。
皆もポカンとしてる。



「ちょっ!結花なにゆうてんねん!」

「あ、良い意味で言ったんだよ?」

「結花ちゃん、良い意味って?」

「うん。なんとも思ってない相手だったら怒らないかなぁって。だから……ふふっ」

「あ、そうか!」

「水島さん、何かわかったんですか?」



水島だけが何か思い当たることがあるみたいだけど
私も他のみんなと同じでサッパリわからない。
結花の言いたいことって、なに?



「わからないかなぁ?じゃあ、、あそこのカップル見てどう思う?」

「どうって、別に、なにも」

「じゃあ、あのカップルの男の子が志波君だったら?」

「え?」



笑いながらクリスマスケーキを一緒に食べてる、
そんなカップルの男子が、志波?



「昨日、お店の外にいたのがで、中にいたのが志波君とどっかの女子だったら?」



志波が誰かと楽しそうにショッピングしたり
笑ったり、ふざけたり、デコピンしたり?



ん……なんか、胸の奥がザワザワする。
イヤな感触。

小さい黒い塊が細かく震えて
その周りが火傷したみたいにチリチリ痛い。

イヤだ。すごくイヤだ。
自分以外の誰かとあんな事して欲しくない。



「結花……」

「ふふっ、わかった?」

「結花ぁっ!」

「ちょっ、、苦しいよー」

「ごめんね!私、結花もイヤな気持ちにさせてたよね!!」

ってば……私は大丈夫だよ。それより今は志波くんのことでしょ?」

「そ、そっか」

「なんや〜……シバやん、ヤキモチ妬いたんか」

「じゃあ、早く誤解を解かないと、だよね?」

「志波君の勘違いですか。困った人ですね」

「まったくだ。だが、志波の勝手な思い違い、許せるもんじゃないねぇ」

「竜子ったら……でも、そうようね。ちょっと言ってあげた方がいいかしら」

「あ、それは私に任せて。冬休みの部活できっちり……ふふっ」

「ゆ、結花?」



えっと、藤堂と水島より結花の微笑がなんだか怖いような気がするのは置いといて……
明るい可能性でみんなの話が落ち着いたのはよかったとして……

志波が怒った理由は本当にソレなのかな?

だってさ、相手は真咲先輩だよ?
志波の幼馴染のお兄ちゃん的存在だよ?
私にとってもお兄ちゃんのような人だし……
……あ、でも、結花にも勘違いされたんだっけ。

志波も勘違いしてる、ってこと?
ホ、ホントに?!

あ……だとしたら、あかりが言ったように早く誤解を解いちゃいたい。
でも、なんて言って?
そもそも、やっぱり、怒ってる理由がソレじゃなかったら?
うああ、どーしたらいいの???











結局、話なんて出来ないまま、大晦日になってしまった。
神社の参拝の列に並びながら何度も溜息。
ハーって息を吐いたら、白い煙がフワワーって足もとに消えてった。

冬休み、何度か部活で見かけたけど……
避けられてたよなぁ……
あ、でも、私も引いてたしなぁ……
ダメダメだ……

うあーーーっ!!!
こんなんじゃ、ダメ!!!
除夜の鐘の音と一緒に
私のウジウジも飛んで消えちゃえ!

年が明けたら志波とちゃんと話をしよう。
前みたいに、普通に話せるようになろう。
好きになってほしいとかそんなことよりも
拒絶されたままなのが本当に耐えられない。



むんっ!と気合入れたら
ちょうど新年を告げる太鼓の音が本殿の方から聞こえたきた。
あとは神様にちゃんとお願いすれば、きっと大丈夫。



「また志波と仲良しになれますように」



お願いします、本当に。



さて…………



甘酒飲むぞー!











「熱っ……!」



はあ、美味しい……けど、熱い。
火傷しちゃったかな。
もうちょっと冷まさしてから飲も。

人の流れの邪魔にならないように端っこによけて
白い湯気を見ながら
フーフーって
息を吹きかけるのに夢中になってたから
誰か近付いてきてるなんて気付かなかったんだ。



……?」

「フ……ウぇっ?!うわっ……あつっ!!」

「おいおい、大丈夫かよ?」



突然声をかけられたからビックリして
甘酒がちょっとこぼれてしまった。
もうっ!熱いじゃん!……って



「ま、真咲先輩……と、し、ば……」



声をかけてくれたのは真咲先輩なんだけど
その後ろに、志波、が、いる。
向こうも、一瞬ビックリしてたみたいだけど
私のほうがビックリだよ。

心臓がバクバクしてる。

新年になったらちゃんと話をしようって、
ついさっき気合入れたばっかりだけど……
た、確かに、もう新年になっちゃってるんだけど……
でも、いくらなんでも、いきなりすぎるー!!



「あけましておめっとさん」

「あ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします」

「おー、よろしくな!ほら、勝己も」

「ああ…………」

「ああって、おまえ……ったく。あれ?、一人なのか?」

「はい」

「まーた、おまえは……いくら近所だからって、女の子がこんな時間に一人で出歩いちゃダメだろー」

「う……はい……か、帰ります。甘酒飲んだら」

「おー、そうしろ。じゃ、帰りは勝己に送ってもらえ」

「え?」

「オレは先に帰る。じゃーな!」



ええええええ?!?!



結花、真咲先輩に話したって言ってたよねぇ?
この気まずい感じを知ってて置き去りにした。
ひどい……先輩のばかー!



志波は、まだ怒ってる?
こわくて顔をあげられない。
送ってもらうなんて迷惑なんじゃない?

あ、でも……

さっきから何も言わないけど
志波はここに居てくれてる。
真咲先輩に言われて仕方なく?
それとも…………



『なんとも思ってない相手なら怒らない』



結花が言ってたこと。
ホントにそうなのかな?



「それ、もう冷めたんじゃねぇか?」

「あ、う、そ、だね」



コクンと一口飲んでみる。
ちょうどよく冷めてる。
……けど、緊張して喉をうまく通らない。

今の志波の声、怒ってはいなかった、よね。
ちょっと、安心していいのかな。
低くかすれてる声を久しぶりに聞けて
喉の奥がギューッて苦しくなる。

なんとか一口ずつ押し込むように飲んだけど
もう味なんてわからない。



「飲み終わったか?」

「うん」



捨ててくると言って
私の手から紙コップを抜き取って
ごみ箱の方へ歩き出す志波。



あ、行っちゃう。



なんでかそんな風に思ってしまった。
ただコップを捨てに行くだけなのに。

顔をあげて志波の背中を見たら
急に不安になって



「ま、待って」



思わず腕を掴んでしまった。
志波、立ち止まってくれたけど、固まってる。



な、なにしてるんだろ、私。
また振り払われちゃうかもしれない。
あの時みたいに。

でも、おいてかれるみたいで、イヤ。
離したくない。



「悪い……」



振り払われこそしなかったけど
志波は私の手をそっと持って
自分の腕から引き剥がした。
そっと。



やっぱりまだ怒ってて
『悪いけど、触らないでくれ』
って思ってるんだ。



「ごめん、私、急に、つかんだりして……」



握られてる手を自分から引き抜こうとしたのに
今度はギュッと力が入って抜けない。
足もとの砂利が鳴って志波が私に向き直る。



「いや……おいてこうとしたオレが悪い」

「そんなこと──」

「それに、まず、わび入れるべきだった」

「わび……って?」

「あん時……パーティーの時も、悪かった」

「あ……」

「勝手にイライラしてそれをぶつけちまった。本当に悪かった」



志波、もう怒ってない、の?
さっきまで、こわくてちゃんと見れなかった志波の顔。
見上げてみたらすごく苦しそうな瞳にぶつかった。



「志波……私も、ごめん」

は悪くないだろ……」

「ううん……あの日、真咲先輩とは、偶然会っただけなの。
 私一人っ子だから、先輩のことお兄ちゃんみたいだなって。
 本当にそれだけで……志波は全然違くて……
 志波を怒らせちゃったこと謝りたくて……」

「……」

「……あれ?え?っと、わ、私、支離滅裂?見当違いなこと言ってる???」

「いや……わかった」

「ごめん……」

「もう気にしてない……オレも悪かった」

「私も、気にしてない……もう、大丈夫」



よかった……

胸の中でずーっとつまってたものが熱くなって溶けていく。

誤解が解けたら
ホッとして
安心して
気持ちが落ち着くんだと思ってた。

でも、全然違う。
胸の奥が熱くなって
溢れて止まらない。



「志波……」



好き。



「志波……」



大好き。



……そんなに泣くな」

「あ、ごめ……ちょっと、待って……え?」



繋いでいない方の手で慌てて目をこすろうとしたら
ポスンと志波のダウンにぶつかった。
あ、志波が近付いてきたのかぁ…………え?

おでこ、というか、前髪の生え際辺りに
フワッと温かい感触。

え? え? 今のって……???

一瞬で涙が引っ込んだ。
代わりに顔が真っ赤になってるような気がする。



「送る……行くぞ」

「う、うん」



今のは……だよね?

すごく一瞬の出来事だったはずなのに
その場所だけまだ温かいような気がするよ……






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