62.初詣




ねずみだけ……



あぶり出し、じゃないよね。
思わず笑いがこぼれてしまう。
「ひとこと」も何も書いてない年賀状。
まあ、志波っぽいと言えば志波っぽい。

ただ出しただけって感じに見えなくもないけど
初めてもらった手紙ってことにかわりない。
今、私は、きっと他の人には分からないほど
すごくすごーく嬉しい気持ちでいっぱいなのだ。

もう一度ひっくり返して、自分の名前と送り主の名前を見る。
……何度見ても顔がにやけてしまう。
どんなこと考えながら書いたのかなぁ……私の名前。

そのまま、ベッドにポテッと倒れる。

ゆうべのアレ……ビックリした。
ただ近くで息がかかっただけなのか、
それとも、いわゆる、デコ……だったのか、
一瞬だったから本当のトコロはわからない……。
んー、でも、やっぱり……そう、だよね?

志波は、どういう気持ちだったんだろ?
私が泣いてたから宥めるつもりだった、とか?
ただなんとなくってことはないよね?
私の気持ちと一緒だったって思うのはうぬぼれ過ぎ?
なんだったのかなぁ……ホント。



「あ、電話」



誰だろなーと思いながらベッドサイドの携帯をつかんだ。
明日の集まりの連絡かもしれない。
正月の二日は去年と同じで中学の友達で集まることになってる。



「もしもし、でーす」

『……志波、だけど』

「え?!」



ビビビビックリした。
グタッと倒れていたベッドから慌てて起き上がって姿勢を正す。
今の今まで考えてた人の声が聴こえてくるなんて、
なんというタイミング……。



「えーっと、どうしたの?」

『ああ……今日、時間あるか?』

「今日? うん、暇だけど?」

『初詣、行かないか?』

「え?」



初詣? ゆうべ行ったのに?
あれ? でも、待って。
ゆうべのお願いはもう叶っちゃったんだった。
あー! 色々お願いしてくるの忘れてたー!!



「行く! 行きたい! ちょうど良かった!!」

『ちょうど?』

「あ、こっちの話。えーっと、じゃあ、どこで待ち合わせする?」

『迎えに行く。1時間はかからないと思う』

「わかった。じゃあ、待ってる」

『じゃ』



ふぉぉぉ! 二人でお出かけ? やった!
あれ? でも、志波もゆうべ初詣したはずなのに。
んー?? …………ま、いっか!











「お母さん、 まだ〜?!」

「はいはい、もうちょっとだから! しっかり締めないと、歩いているうちに緩んじゃうでしょ?」

「ぬ゛っ……ぐるじい……」



志波はきっかり1時間で我が家に来てくれた。
でも私の着付けが終わらない。
友達と初詣に行くと言ったら
いそいそと振袖の準備を始めたお母さん。
そんなの動けないし嫌だって言ったのに……
どう考えても着付けの練習がしたいだけだ、きっと。



「さ、出来上がり! いってらっしゃい!」



ポンッと帯を叩かれて、和室から廊下にヨロヨロ出てったら……
うわー……、志波がいる。うちの玄関に。
でもって、なんか、ちょー見られてる〜〜〜。



「あ、あは、お待たせしました……えーっと、あああけましておめでとう」

「ああ…………今年もよろしく」

「こちらこそ、よろしく」

「おまえ…………」

「はい?」

「…………それで行くのか?」

「ややややっぱりヘン? サッサと歩けないし、ダメだよね〜! 今、洋服に着替え――」

「いや……似合ってる」

「そ、そう? ホントに?」

「ああ」



そそそそんな風にストレートに褒めてくれちゃうなんて、ど、どうしたんだろ?
なんか照れちゃうんだけど……。
でも……ふーん、そうなんだ。
振袖って派手だし、
浴衣に比べると堅苦しくて面倒って思ってたけど
志波としてはオッケーなんだ。
むしろ嬉しそう?











ゆうべ行った近所の神社とは違って大社はものすごい人手。
志波は、はぐれないようにって手つないでくれた。
そういえば、修学旅行の時もそんなこと言ってつないでくれたよなぁ。
フフッ、なつかしい。

それにしても着物……裾が開かないから大きく踏み出せない。
しかも草履の上で足袋が滑って踏ん張れない。
ゆえに、ちょっと人にぶつかっただけでよろけてしまう。
その度に志波にガシーッとしがみついたら、
最初は「大丈夫か?」って心配してくれたのに……



「クククッ……」

「志波、笑いすぎっ」

「悪い……クッ……」

「シ・バ・ク〜ン、何がそんなにツボにはまったのかな〜? きゃっ!」

「大丈夫か? ……ククッ」

「あ! また笑った!!」

「悪い……けど、オレの腕を掴むの力が尋常じゃねぇから……クククッ」

「うー、どうせ馬鹿力ですよー!」

「ま、しっかり掴まっとけ。…………絶対オレが支えてやるから」



う……そんなことを急に本気トーンで言われたら、
「はい」って答えるしかないじゃん。
志波は前からこんなに優しかったっけ?
あんな風に楽しげに笑ってたっけ?
たぶん、前と同じで、
変わってたとしてもほんの少しなんだろうけど、
なんでかな?
一緒に歩いたりするの久し振りだからかな?
すごくドキドキする。











ニ礼ニ拍手一礼。
神社のルールは誰が考えたんだろう?



「ずいぶん長かったな」

「うん。今年はぜーったいインターハイ行きたいし……あとは、勉強と、健康と、交通安全と、虫退散と――」

「おい……多すぎるだろ、それ。それになんかヘンなの混ざってるぞ」

「いいの! 言っとくだけ言っとくの! そしたら、どれかひとつぐらい……」

「そうなると、いいな……はぁ」

「大丈夫! 全部がダメなら、これだけはお願いしますって言ってきたもん。ちゃんと、二つだけ」

「は? ひとつじゃねぇのか?」

「大丈夫! 2リッチ入れたし」

「そういう問題か……?」



インターハイは今年が最後のチャンス。
でも、神様にはお願いしなかった。
だって自分が頑張って努力することだから。

本当にかなえて欲しいのは二つ。

ひとつは「志波がお願いしたことがかないますように」ってこと。
志波、手を合わせてお祈りしてる姿が真剣だった。
何をそんなにお願いしてるのかわからないけど、
志波が喜ぶんなら、それをかなえて欲しいと思う。

もうひとつは、志波ともっと仲良くなれますようにって。
仲直りしたばかりなのに図々しいかもしれないけど。
高校生活もあと1年ちょっと。
1年なんてあっという間。
一緒にいれる時間をもっと増やしたい。
一緒にいられない時も気持ちで繋がってるって思いたい。
……って、私だけが思ってもダメなんだけどさ。



「志波は何お願いしてきたの? やっぱり甲子園?」

「……さあな」

「えー?!」

「願ったからって、そう簡単にかなうもんじゃねぇだろ」

「そんなことない! ゆうべの神様なんて、お願いしたこと、すぐかなえてくれたんだから」

「ゆうべ? なに、願ったんだ?」

「それは…………志波と仲良しに戻れますようにって……」

「おまえ……」

「えへへ……ね? 神様ってすごいでしょ?」

「そうだな」



結局、何をお願いしたのかは「ひみつ」って教えてくれなくて、
「やっぱり甲子園でしょ?」って言っても笑ってはぐらかされた。
甲子園じゃないって言うのなら、将来の夢とかなのかなぁ。
志波の願い事、絶対かなうよね? 神様?
どこかにいるだろう神様に向かって祈る。
私、色んなこと沢山頑張るから、だからよろしくお願いします。











「おい? 勝己?」
「え? マジ? シバピー?」

「おまえら……」



大鳥居を出た辺りで、志波に声をかける人たちがいた。
向こうはずいぶんと親しげ。
でも……志波の手からは、緊張感みたいなものが伝わってくる。



「ひっさしぶりだなー!勝己!元気だったか?」
「卒業以来だなー!!」

「ああ……」



グッとつないでた手に力が入った。
志波?
なんだろう、志波の周りの空気、ヘン。
これ、いつか、どこかで…………あ。
真咲先輩に頼まれて、志波に野球部の話をし始めた頃、こんな感じだった。
この人たち…………中学の時の野球部の…………。

野球部に戻っただけで喜んでた私は馬鹿だ。
志波の心のどっかに刺さって抜けない棘みたいなやつ、
あとどれだけあるんだろう?
余計なこと考えずに、
ただ楽しいって思いながら野球できるようになって欲しい。

今度は私の方がつないでた手にキュッと力を入れた。
見上げて笑ってみせたら志波はハッと我に帰ったような顔してた。
私のスマイルとハンドパワーにどれだけの力があるか分からないけど
もう大丈夫なんだよって伝わるといいな。
頑張れ! 志波!



「あのぉ、シバピーって志波のあだ名なんですか?」

「そうなんだよ〜! カワイイっしょ?」
「って、オマエしか呼んでなかっただろ、そのあだ名……と、キミは?」

「私、。志波と同じ高校なんです」

「へえ……あ! なに? 勝己の彼女さん?」
「マジで?! シバピー、コノヤロー!」

「痛っ…………マジで叩くな」

「いーや! 許せねぇ! オレら寂しい男子校だってのに、なあ?」
「オマエと一緒にするな。あ、でも、勝己に言ってやりたいことはあるぞ」

「なんだ?」

「復帰したこと、なんで連絡よこさなかった?」

「…………悪ぃ」

「ばーか! 謝れってんじゃねーよ! めでたいって言ってんの」
「だよなー! めでてぇ〜! あ、そーだ、シバピー、オマエ初戦でホームラン打ったろ! 生意気だぞ、コノヤロー!」

「痛え……叩くなって言ってるだろ」

「うるせー! しめてやる!!」
「ははは! おい、勝己。これからコイツんち行くんだけど一緒に行かねー?」

「今度にしとく。今日はダチが一緒だから……」

「そっか。さんつったっけ? 邪魔してゴメンね」
「なあなあ、ホントにシバピーと付き合ってんの?」

「えーっと、その……」

「シバピー、無愛想で、顔怖くて、でかくて、馬鹿力で、野球馬鹿で、ついでに頭ン中も馬鹿なヤツだけど、ホントにいいの?」
「まあ、一応イイヤツだから……よろしく頼むね」

「おまえら……」

「おお! 久々に見た! その殺人ビーム!!」
「確かに! なんか、パワーアップしてんじゃね?」

「あの、志波のビームって、有名なの?」

「「チョー有名!!!」」

「へえ……ぷっ……ふふふふふ」

…………もう、行くぞ」

「あ、うん」

「おお! じゃあな、シバピー!」
「勝己、みんな集めるから、今度連絡しろよ!」

「……わかった」

「そん時はさんも連れて来いよー」

「断る……じゃ、また」











良かった。ちょっと、空気和んだよね?
「また」って、志波、自分で言ってた。
良い方へ進むためのキッカケできたよね。
心に刺さってる棘、1本抜けたかな?

それにしても……

「クスクス……」

「なんだ?」

「シバピー……」

「なっ……それが、どうした」

「カワイイあだ名だね、シバピー!」

「っ…………それより、は、すごいな」

「え? なにが?」

「初対面のヤツらとでもあんな風に喋って仲良くなっちまう」

「あー……全然すごくないよ。だって、はるひみたいに誰とでも仲良くってのは無理だもん。私、好き嫌い激しいから」

「そういや……オレは嫌われてたな」

「ちょ! そんなのずっと前の話じゃん!」

「今は?」

「はい?」



志波、目が真剣。
ずっと気にしてた、とか?
まさか、そんな前の話、ありえない。
あの時、はっきり言ったよね。
ずっと誤解しててごめんなさいって。
あれ? それがちゃんと伝わってなかった?

でもでも、嫌いなら今こうして手なんかつなぐはずないし、
誕生日プレゼントあげたりしないし、
一緒に帰ったりしないし、
二人で出かけたりしないし、
わかるよね?
嫌いじゃないってわかるよねー、普通?

グルグル考えながら口をパクパクしてたら
志波の真剣な表情がフッと崩れた。



「クッ……」

「あ! も、もしかして冗談?!」

「おまえが先にからかったんだろ」

「むーっ! 真剣に考えたのにっ!!」



あー、もーっ! 悔しいいいっ!
志波がマジメな顔で言う冗談、何度か見てたのに。
またやられた。
いつも、いっつも、私の方が慌てて、志波は余裕で。
むー、ううう…………



「…………好き」

「…………は?」

「好きだよ、志波のこと」

「あ?…………ああ…………」



…………言ってしまった。
勢いで、言ってしまったー!
自分の負けず嫌いにメチャメチャあきれる…………。
こんな風に言う予定じゃなかったのに。
クリスマス……は、もう終わっちゃったけど……で、
プレゼントと一緒に良いムードで告白って思ってたのにー!!!
……ってか! 「ああ」ってなにー?!
私、好きって言ったんだよ?
あれ? 言ったよね? 聞えたよねー???






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